アメリカ運輸省が、グーグル関連の問い合わせに回答したところでは、
「実際に人間でないものが車両を運転し得るとすれば、運転しているものは何であっても運転手とみなすのが妥当だ。」
ということです。
合理的な答えのようにも見えますが、この回答が即、自動運転車の運転手は不要というようなことにはならないのでしょう。というのも、
運転という行為の範囲はおそらく極めて広く、天候、同乗者の年齢や体調、途中で寄り道して難しい場所に駐車するなど、目的地までの様々なゆとり具合なども全部含めて「運転」という行為といえるのではないかと思うからです。
とすれば、人工知能を搭載した車であってもまだまだ「運転行為」の多くの部分は人間がサポートしなければならないでしょう。そのような協調的運転状態では、運転手はやはり人間になるような気がします。
しかし、このような判断がされた、ということも実はそのような可能性が出てきたという意味ですごいことなんじゃないかと思います。
世の中、だんだんすごいことになっているのかもしれませんね。「すごい」が「やばい」に変わらないことを祈ります。
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